【あの時は良かったより、今をどう善くするか。個人店の日日是好日】
日日是好日とは
にちにちこれこうにち
(にちにちこれこうじつ、ひびこれこうじつ)
『毎日毎日が素晴らしい』という禅語。
そこから
『毎日が良い日であるように努力する』
『あるがままを好しと受け入れる』
『常に今このときが大切なのだ』
などの解釈がなされている。引用:Wikipedia
心身でも、仕事でも、人間関係でも
波というのは存在するだろう🌊
バイオリズム/バロメーター
そんな際つい「あの頃は良かった」なんて
思ってしまったり😥
てなわけで本日は
【今をどう善くするか?】について
綴る記事です📝
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あの頃に戻りたい?
当店は『横浜駅』にて4月で
創業40年目に入る小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
個人的には「あの頃に戻ったら?」と
想像はしてみても「戻りたい」と思わない🤔
それを何故かと考えると
面倒くさいからだ、。笑
もちろん良いことばかりではなく
寧ろツライと感じる期間さえ
あったからなのかもしれないが
せっかく乗り越え、積み重ね
出逢えた人、物事、感情が勿体なく想う。
仮にその経験や記憶さえ持って
「過去へ戻れる」としても
都合よく良いとこどりみたいな
健康状態や能力で戻れるのか?と考えると
面倒くさくて、現在で顔晴ろうと
落ち着くのである🍵
やり直しが効く人生だとして
▶︎失敗をなかったことに
▶︎異なる選択をした現在へ
やり直しが効く過去を想像してみても
どうしてか今からやり直すことに
《キシミール》は心震える❤️🔥
きっと、“よくやるなぁ“という
呆れとも労い、関心とも取れる
[姿勢]に味わいを覚えるのだろう。
幼い時分、若い時分のような
肉体的初々しさがなくて
ちょっとカッコ悪かったり
不恰好でも、人生に挑み、のぞむ
[姿勢]に味わいを覚えるのだろう。
もちろん自暴自棄とか自分勝手とは違う。
全身全霊というイメージで
【最善(ベスト)を尽くしたい】
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人生が詰むとは何なのか?
「詰んだ」という言葉を見聞する🙊
そう感じる、思わされる程
メンタルが沈んでしまうことはあるだろう、。
だけれど、《キシミール》は
行き詰まりこそ、ステージアップ
転機の予兆なのだと書き換える。
そこまで詰むほどのことを出来たのだから
そのエネルギーを拓くことへ費やそう⛏️
もしも過ちで詰んだのなら
その報いが拓くことであるし
もしも懸命で詰んだのなら
その功績が拓くことになる。
不運に対してさえ、強がりかもだが
拓ける(仕合わせる)道を生み
遺せる己を目指したい🗻
さいごに
昨今を見渡すと
◆他人に解釈を委ねている
そんな節にも見える。
「都合の良い意見に乗っかる」
「そうだ、そうだ!」
てな風に映ることを多々見受ける。
けれど本来なら
◇自分なりに解釈を培う
それこそが節回しとして聞こえる。
『潔く我が意志を磨く』
『見識、可能性を拡げたい』
てな風で心を換気しながら進む🍃
愛とはなんだろうか?
《キシミール》は深いことは分からない。
ただ〈愛してみたい〉とは想う。
それは有り難がるのと近いとも想う。
無償であり、無性に〈愛してみたい〉
ダメな選択、ダメな経験、ダメな結果
うだつが上がらない自分。
試しに〈愛してみる〉
泣きながらでも、笑いながらでも
少し腹立ちながらでも構わない。
それ自体がバカらしいというか
仕切り直したくなる。。笑
愛するとは=甘やかすとは別物だ。
愛したからには
見届け、見守りたくなるのも心情だ。
過去を愛し、現在を愛そう
さすれば未来にも
愛があるであろうことを知る。
生涯は否でも応でも
最期は死という詰みを迎える。
それさえ、真に詰みなのだろうか🧐
きっと人となり、生き様、遺るモノ達が
誰かの、何かを
拓くヒントの可能性を秘めている💎
いつ死ぬかは不明なのだから
日日是好日
『毎日毎日が素晴らしい』という観念のもと
『毎日が良い日であるように努力し』
『あるがままを好しと受け入れ』
『常に今このときが大切なのだ』
と、仕合わせを宿して生きてみる🌱
さてと、冴えない今日さえ味わって
人生をいただくことを嗜むとするか🍚🥢
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