【悔いの中からも次なる種を拾って進む。個人店が花開くまで】
反省点、後悔、悔い
当店は『横浜駅』にて
創業40年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
個人的には、過去を振り返れば
反省、猛省の連続です😥
自分を変えたくて、正したくて、
律しようと模索する現在においても
悔いが残ることは多々ある。
けれど、不思議と
「後悔」を問われると、ないのである。
“悔いはあるのに後悔がない“
一見矛盾しているように思えるが
なんとゆーか、跡が残っても傷になっても
その経験や体験が勲章や成長の証となる
そんな感覚を抱いているからだろう🎖️
てなわけで本日は
【〜次なる種を拾って〜】と題した記事です✍️
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悔いの中にある種
《キシミール》的には
何事の中にもヒント=何がしかの種が
あるのだと想う🌱
なので当然、悔いの中にもあるわけで
「後悔」とは=その種を収穫し損ねた
そんなイメージとなるのだ💭
可能なら悔いが生じた都度に収穫をしたいが
後からでも十分に出来るハズであり
私的には、そうしている🍅
強いて言えば、その種を掘る段階や
見付けるまでは、多少なりの
苦悩があるかもしれない、。
嫌になる、不安になる、不満が浮かぶ
そういう負の感情にも出くわすかもだが
見て見ぬふりをして
◆ある日に急にそれらに襲われたり
◆いつまでも付き纏われるなら
◇潔く清められる心、精神を養えたらと
個人としては考えている⛲️
種の収穫が出来たら
人によって、物事によっては
「忘れる、気にしない」
そうすることが良い場合もある。
けれど、そう上手くいかない
性分や出来事の場合は
「後悔」のうちより“種の収穫“を試みることで
不思議なくらい胸の、頭のモヤが
晴れた気分になったりする☀️
その際に気を付けたいのは
▶︎相手や事案の悪い面を挙げるのではなく
▷自分に出来た〈善き可能性〉について
書き出したり、描き出したりして
今回は実力が及ばなかったけれど
未来へは、能力/魅力を
より惹き出してのぞもう!という気概を
育てたいという念が重要に想うのだ🌳
そう「後悔」とは=可能性の種であり
それを洗いだすことをしてゆきたい🍠
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可能性を栽培する
自分の中に、誰しもの中に
可能性の種は眠っている🐏
その可能性の種を掘り起こす
見付ける、品種改良をする
それが日々のおこないであり
成果と失敗などの経験や体験により
得られるのだと感ずる。
あとはその種たちを栽培する。
それを[振舞い]言動だと
《キシミール》は、心得ている🌸
自分なりの能力/魅力を
どのように花開かせ、実としたいのか?
信念や志しという栄養を注ぎ
私という大木=生き様を築いてゆく🌲
そこにはどんな動物、鳥や虫や種子
家族や仲間や運や財が集うのだろうか?
さいごに
早咲きの人もいれば
遅咲きの人もいる
華々しい人もいれば
質実な人もいる
自分の理想や想いとは裏腹な
結果が訪れることもあるだろう。
それらを比べるより
自分の軌跡、成長を歓びたいと
《キシミール》は、強く想う。
そして周りの軌跡や成果から
学び、歓び、愉しみ、親しみ
分かち合う、お裾分けし合う
そういう営みを通じて社会的な生活を
豊かにおくれたらと想わされる💐
《キシミール》は、聖人でもないし
高尚な人物でもない。。
だとしても、直接に何かを施すような立場や
地位や名誉になくたって
気運、空気、雰囲気として
『あの人は顔晴っているなぁ』という
善き影響力を発せられるように
自分なりの、分相応の貢献を
この事業や生き方であらわせたらだ🪨
完璧じゃないから
反省もするし、悔しいこともある。
「後悔」が生じたなら
それも貴重な収穫の機会だ🍆
季節が巡るように、年月を経るように
私の心も体も生命のサイクルを繰り返し
円熟してゆく🍏
この魂が尽きるまで
栄養を注ぎ、芽や草や花や実を耕作して
アナタと私も生まれ落ちた
この地球という歴史の息吹きのなかの
林や森として並ぶべく
個々に大木で在り、成れたらだ🌴🌴
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