【辛抱/忍耐は悪いことなのか?不遇の時期での経営準備】
ストレス過多の世の中?
▶︎現代人はメンタルが弱い
▶︎根性論は時代錯誤
「ストレス社会」と揶揄される現代では
“○○ハラスメント“という言葉を
そこかしこで見聞される。
「我慢は害毒」
「我慢を強いる他人や社会が元凶」
確かに一理あるとも、想う。
けれど
「❶我慢」と〈①辛抱や忍耐〉は
同義なのだろうか🤔??
『横浜駅』にて創業39年目に入る
《キシミール》の私感だけども
❶①それぞれの捉え方、印象
イメージの乗せ方、ニュアンスは
少し異なっている。
本日は〈辛抱や忍耐〉
“不遇の時期“について記してまいります✍️
我慢と辛抱と忍耐と
3者とも類語であることは
違いないのですが
《キシミール》的にはー
我慢は…仏教での煩悩の一つでもあり
◆我意、我欲が含まれている
なので
他人からだったり、自ずからだったりの
我がままや無理強いがあるように
感じ取っています👀
一方で
辛抱/忍耐は…
◇我意、我欲は置いといて(忘れて)
周りのためなのか、自身のためにも
好機、巡り合わせに応じてゆく
そんな概念で捉えています🪨
辛辣な言い方ですが
ある種、頑張っていても
「見栄を張ったり、世間体を気にしたり」
なら我慢といえるかもしれない、。
好きなことへの努力
励むこと、鍛えること
“努力“も「我慢」や〈辛抱/忍耐〉を
連想する事柄の一つかもしれません🏃
例えば
・楽器の演奏に挑戦する
も「我慢」では挫折に近く
〈辛抱/忍耐〉では上達に通じる
《キシミール》は、そんな気がします🎸
もちろん「我意・我欲」が
動力として強いエネルギーを
爆発させることもあります💪💣
♣︎モテたい
♣︎有名人になりたい
♣︎お金持ちになりたい
♣︎地位や名誉を得たい
ただし「我意・我欲」を押し通し
誰しもにや、結果に対して、
「我慢」を持ち出す価値観は
強欲とともに酷な末路へ
迷い込む罠ではなかろうか🪤
【レイシスト/人種差別主義者と罵られても、分別の共有を模索する経営に】
理由のもう一歩先、信念
人が起こす物事や言動には
そうなった理由があると想えます。
理由には希望や願望も内包されている。
そんな理由のもう一歩先
希望や願望が叶うか叶わないかではなく
♧そう在りたい
♧そう成りたい
信念、志し、生き様
が、存在するのだと
《キシミール》はイメージを宿している❤️🔥
必ずしも「欲」が絶対悪な訳ではない。
「欲」と、どう付き合うか?に
その人、その人の
人柄、為人が顕れるし
《キシミール》は
自分の能力を、可能性を
[最大限に惹き出し]たい。
だから♧を胸に
【最善(ベスト)を尽くす】
振舞いを養いながら生きたいんです🍀
さいごに
▶︎現代人はメンタルが弱い
それは「我慢」に
とらわれているからではないか?
自身を導きたい未来へ、将来へ
原石を磨くような期間
〈辛抱/忍耐〉という練度、技術
魅力にもなる、逞しさ、心強さ。
▶︎根性論は時代錯誤
それは「我慢」を強いるからではないか?
自身や他者で築きたい未来へ、将来へ
深みをもうけるような期間
〈辛抱/忍耐〉という価値観、精神性
信望ともなる、潔さ、慎ましさ。
初心者、駆け出し、下積み…
♠︎我慢して頑張るより
♤辛抱/忍耐しつつ顔晴る
〈辛抱/忍耐〉は
[分相応]を体現するのに必要な栄養素。
他人の環境、境涯を羨む気持ちに
惑わされたりもする
けれど自分には
♧そう在りたい
♧そう成りたい
信念、志し、生き様が
朧げになのか、鮮明になのか、
瞼に、脳裏に、智慧としてよぎる。
この先に自分なんかが
花開くかなんて分からない、、。
だとしても
〈辛抱/忍耐〉という
[分相応]を体現するのに必要な栄養素を
心身に巡らせて
己という道を進み
振舞いが築いてゆく生涯には
必ず成果という存在感が顕れる⛩
その恰好が鮮やかな花として認知されずとも
果実をつけ、種をつけ
誰かに繋ぎ、遺すために
私の、アナタの人柄、為人を
人生という農園に
〈辛抱/忍耐〉しつつ宿してゆこう🐾🥚
そう考えていると
不遇の時期とは“好転“という種を植えた田畑を耕す
春夏秋冬の習わし。
誰しもに訪れる
四季のように愉しむとしよう💐

- LINE追加(QR画像をクリック)で


