【精神と神経の違いを感じる。自営業なりの細やか探し】
大胆な行動と神経質な人
どちらかといえば
・アレコレ細かい神経質な人より
・大胆な行動力を発揮する人の方が
何事も上手く立ち回れそうに思える。
当店は『横浜駅』にて
創業39年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
おそらく私は
神経質なタイプであると認識しています😓笑
とはいえ
潔癖症とか、規則に厳しいとかではなく
〈自身が関心のあることに対して
深く考えすぎてしまう〉
そんな本日は【精神と神経】に着目して
綴る記事となります✍️
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精神と神経と
英語と日本語でいうと
mental(メンタル)/精神
nerve (ナーヴ)/神経
なわけですが
よく[人間の状態]をあらわすのに
メンタル(精神面)とフィジカル(肉体面)
と、言及されるし
なんとなくこのニ点で捉えており
肉体面以外を考えるとすると
常にメンタル(精神面)
〈心をどう働かせるか?〉的な
思考になりがちです。
けれど、フィジカル(肉体面)にも
神経への圧迫などがあるように
メンタル(精神面)にもどうやら
神経という深部があるわけで…
精神面から見る神経とは?
解剖学や人体構造などの学術的ではなく
単なるイメージ論で
《キシミール》が現時点で想うのは
▷精神=どう感じ、捉え、あらわすか?
▷神経=反応、起こっていること
という印象です👀
▷精神とは、感受性と表現法
▷神経とは、理(ことわ)り/性(さが)
運命(さだめ)みたいな感覚です💡
つまり迷走神経といわれるように
意識ではどうにも関われない領域なのを
どうにかアプローチしたり
もしくは悪影響を遮る術はないものか?
と、今回考えてみているわけです、、。笑
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意識と心と精神を駆使して
イマジン/イメージ/想像力/創造力
実際には神経という領域に
直接どうこう出来なくとも
自分の意識や心や精神というモノ
要は自分自身の可能性を
根こそぎ試してみたい❤️🔥
♣︎神経を研ぎ澄ませて遣いたい
というよりは
♧神経を労わって、無理をさせず
善い形で付き合い、活かしてゆきたい🗻
きっと精神面というのは
誰かと共有できたり、お裾分けが叶う
そして神経というのは
個々の魂の中で己を見守り
精神面と肉体面をフォロー
媒介、助けてくれているように感じる。
さいごに
神経とは、矛と盾なのかもしれない🛡️
時に人を攻撃的にさせるし
反対に人を護ろうと保守的にもなる
・アレコレ細かい神経質な人より
・大胆な行動力を発揮する人の方が
何事も上手く立ち回れそうに思えるけれど
どちらにしても神経が
♠︎攻撃的に顕れるのは避けたいし
♤労わりや慮りとして顕れる
そんな神経を育て、神経に育まれ
メンタル(精神面)もフィジカル(肉体面)も
表現してゆく
最善の振舞いを模索する嗜みを持ち
人生、生き様を築いてゆきたい🏯
周りの人や事柄に
たくさんの感謝の念が含まれることを
気が付かせてくれるのは
神経が正常で居てくれてこそ。
周囲や自己のおこないで発現する
環境や空気や、人柄/人となりと同様に
私という人間、魂、生体の中の
神経に対しても労わりの握手を交わしたい🤝
▷神経とは、理(ことわ)り/性(さが)
運命(さだめ)みたいな感覚
だから
【人事を尽くして天命に聴(ま)かす】
みたいに
潔く受け止め、受け入れながら
それを好転へと導くには
メンタル(精神面)フィジカル(肉体面)が
活動できるからといって
フォローしてくれている
ナーヴ(神経面)を置き去りにしない
点にも心を配りたいと思わされた。
ナイーヴという言葉はフランス語で
お人よし/バカ正直などの意味だそう📙
語感が似ているだけかもだが
ナーヴ(神経面)も童心的に
私の心と身体を応援しながら
可能な限り『意識を尊重』
してくれているのだろう。
それなら
私という意識からも神経を
大切にしてあげなければ。
唯一この肉体と精神に同居し、生命を宿す
家族、仲間、同志のような間柄なのだから。
ありがとう、神経さん
ありがとう、命さん
これからも無理はさせないで
顔晴りながら切磋琢磨してゆきましょう!
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