【”後楽”の意識で全うを目指す、老後までの人生円熟期間】
老後の生活を想像して
一時期、「老後2,000万円問題」
というワードが話題にあがったり
「先々には年金はもらえないかもしれない」
そんな老後に対する不安の声が
ところどころで囁かれています。
当店は『横浜駅』にて
創業39年目に入る
小さな個人経営のお店
《キシミール》です☺︎
我々の場合、老後どころか、
日々の生活、仕事で関わる人たちや
生業を守るのにも
毎日、ソワソワ、試行錯誤な訳ですが…笑
そんな中でも、よく想わされるのは
“お金(収入/働き)も大事だけど、それ以前に自分の振舞いだったり、心構えこそを慎重に備えたい“
と、胸中を巡らせています🍥
では何故《キシミール》は
〈お金より、振舞い〉を重要視するのか?
について、
綺麗事だけではない
胸のうちを記してゆくとします📝
通勤・生活の中で覚える違和感
・街を歩いていて
・電車に乗ろうとして
その他にも公共交通機関でだったり
スーパーやコンビニでの列へ並ぶ際など
違和感を覚えることがあります。。
それは、、
おじさん/おばさん/おじいさん/おばあさん
そんな方々の
「視野が狭まっている」
ことに対してです、、。
悪気はないと思うのですが…
▶︎列を飛ばす
▶︎降車の人を待たず乗り込む
▶︎空き席(目的地)を探して立ち止まる、突き進む
仕方がないのは承知している。。。
だからこそ
老後という人生の円熟期へ向けて
『自分は振舞いや心構えに気を付けたい』
では、そのヒントとなるモノはないのか??
若者や無作法だけを責められない
行儀が悪い
周りの人や行いを顧みない
そんな若者ばかりを責められない。
彼ら、彼女らを
♣︎責めたくなる気持ち
♣︎正したくなる気持ち
が、湧き上がるのは確かだし
かといって、そう出来ない
♣︎やるせない気持ち
♣︎不甲斐ない気持ち
も、抱え、脇目に見て暮らしてさえいる😥
ただ痛感するのは
◆睨んだり
◆蔑んだり するより
己の身を引き締め、手振りを見直し
何より先ずは
自身を養う肥やしとして
[振舞い/心構え]こそ築いていきたい🏯
後楽という言葉の由来
古来より『後楽園』という
場所や建物がありますが
その名称の由来はー
宋の学者・范文正(はんぶんせい)の著書「岳陽楼記」の中の語「士はまさに天下の憂に先んじて憂い、天下の楽に後れて楽しむ」から選んだ。ー
つまり、
“先回りして問題事に着手したり、片付けをして、皆んなが安らいでるのを見届けてから、自分も歓びを得る“
そんな意味合いだと
《キシミール》は捉えています💡
この『後楽』こそ
《キシミール》が想い描く
♧老後へ向けてのイメージ
延いては
♧周りが感化され、気運を好転させる
理想の世の雰囲気なんです🥺
さいごに
誰かの、何かの
面倒事を引き受けて、背負って
「損をしてでも他所さまを喜ばそう」
そんな高尚な考えや、実行は
《キシミール》には到底出来ません、、。
こうして未熟者で、不勉強、世間知らず
だという自覚があるのだから
▷礼にならい
▷仁を持ち合わせ
▷義を保てるように
心構えだけでも、嗜みたい👘
それは〈良い人振って〉とかじゃなくて
♤こう在りたい
♤こう成りたい と、志している
信念に基づいて
己を律して、それに応じて
振舞える精神
【生き様】を小さな点から
地道にひとつひとつ、体現するための
身に秘めた、伊達、粋、はからい🗻
決して、歳を重ねると
「視野や心が狭くなる」訳ではない。
カッコイイ、カワイイ
おじさん/おばさん/おじいさん/おばあさん
世にはお手本となる
諸先輩方が沢山おられる✨
《キシミール》は
どういう境遇、状況でも
【最善(ベスト)を尽くす】人で
♤在りたい
♤成りたい
そして
【常に現在が人生の頂き(ピーク)】だと
実際は衰え、他人に不恰好に映ろうと
潔く、清々しく
粛々と、凛と振舞おうと試みる
自分を忘れずにいたい。
◇憧れの眼差し
◇尊敬の眼差し
それに近付ければ近づくほど
お金(収入/働き)は分相応に得られる。
老後を想像しての本当の不安は
「見放される人間性」かもしれない。
そう、他人だけでなく
「自分が見放したくなる自分」
には育たせたくない🍏
老後までの人生の円熟期
円熟してからの生涯🍎
去り際、遺るモノ。
周りが見送れたことにホッと安楽している
門出は『後楽』を仕上げに
私の、アナタの
一生という作品は完成され
誰かが、この作品に何を想い、宿すのか🍀
最期の愉しみは、まだ続く物語だ📚

- LINE追加(QR画像をクリック)で


