【人の振り見て我が振り直せ。個人店の自省の念】
誰かの悩みに触れたとき
当店は『横浜駅』にて
創業40年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
我々は家業であるために親子の会話にて
仕事から私生活の話題にまで及びます。
寧ろ私生活というか“人となり“が
『そのまま仕事にもあらわれるのだから』と
人間性について語らうことさえあります。
(うちだけかもしれませんが、笑)
そうして家族や周りの人、世間的な
悩みに触れたとき、どうしても先をつくのは
「何故こうしないの?」
「こうすれば良いじゃん」
などの意見や感想になってしまう、。
そんなわけで本日は
【〜個人店の自省の念】と題した記事です📝
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真剣に考えるからこそ
私としてはド真面目に考えるからこそ
「何故こうしないの?」
「こうすれば良いじゃん」
と、想ったり、言ってしまったり
「悩むよりその方法への道筋を模索しよう!」
と、背中を押そうとしてしまうのだけれど
最近は、少しずつ捉え方が変わってきた。
先ずそれらは
⑴分かっていても出来ない
⑵やりたくても手が付かない、続かない
ことが多いのだと。。
それをいくら
「何故こうしないの?」
「こうすれば良いじゃん」
などと正論で伝えても
負担は軽くなりづらい。
俯瞰して捉えると
では、どう伝えれば良いのか?
いや、その前に俯瞰して捉えてみよう。
そもそも何故に自分が
解決をしてあげる、助言をしてあげられる
立場にたっているのか?
そう考えると、悩みの種類は違くとも
自分にだって悩みや至らぬ点は多々ある。
では悩める相手と私との違いは何か?
[特に変わらない]のである。
たまたま「悩みを聞く側」だっただけで
もし自分が「悩みを打ち明ける側」だったら
同様に心配してくれたり
アドバイスをしてもらったりだろう。
その際、解決策を挙げてもらえたら助かる
けれど、もっと救われる言葉はないだろうか?
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心強さや存在感
個人的には「悩みは他人に話さず自力で解消を模索する」タイプだ。
とはいえ、つい弱気が漏れてしまうとき
私なら言ってもらえると救われるのが
『一緒に顔晴ろう』
『共に居るよ』という念だ☘️
直接にその言葉でなくとも良い
心強さや存在感を覚える印象を受けると
何故だか重荷が降りて、心が軽くなる🪽
よく聞く台詞であれば
『責任は全部私がおうから、自分らしくやれ』
的なのでもいいし、そこまででなくとも
〈此処に居るから、無理すんなよ〉
“お互いに顔晴ろう“
“ドンと来い“のような受け止め
そう、話はそこからなのだ📖
さいごに
誰かが悩んでいるということは
誰かの悩みを考えることだけでなく
自分も悩める人間であり
“悩める人同士がどう労わり合い
そして最善へと向かうのか?“
もう少し述べれば
♣︎悩みの種
の解決も重要だけれど
♧悩みに出会したとき
♧悩みと向き合うとき
♧悩みと付き合うとき
そういうときの心構えや作法を
“持ち寄りたい“
“お裾分けしたい“
《キシミール》は、そう想ったのだ。
私に出来るのは背中を押すことや
尻を叩くことではない
伴走すること🏃♂️➡️
真横で付きっきりじゃなくていい
この社会で地域で年代のなかで
共に走る、歩む、同志が居るという
目に見えぬ心強さや存在感を
分け合える事業や働き
営み方を《キシミール》は目指している🏯
そういう自分で在れれば
身近で暮らす大切な人たちへも
もっと寛容な安らぎを贈れるだろう🎁
そうして最後に湧き上がるのは
“ありがとう“だ。
この気持ちへ導いてくれた
アナタへ、悩みへ、希望へ
ありがとう💐
さて、本日もいっちょ顔晴りますか❤️🔥
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