【流れるように、繋がるように、連なるように。個人店なりの己の道】
点が線となる
皆それぞれに人生という物語があるように
自分の経験や体験の中にも
さまざまな出会い、出来事がある。
一見すると一つ一つは関係のなかった
点のような事柄も
やがて結びついて線となる🖊️
当店は『横浜駅』にて
創業40年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
私たちも短くない経営歴の中で
何度も当てずっぽうでその場凌ぎの
対応を繰り返してきたように感じる😥
そして今、猛省とともに想わされるのは
[流れ、繋がり、連なり〜]
そうした道を拓くべく
私たちは歩んでいるということ🐾
今回は、【〜己の道】と題した記事です✍️
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一面であり、点であることの自覚
◇自分の感覚を俯瞰したとき
◇他人の価値観に触れたとき
ひょっとすると
「一面的に見るな」「広い視野を持て」
と、言いたくなったり、考えたくなるかもしれない。
きっと私も、ついそう言いたくなりそうだ、。
確かに〈根本理解や本質〉を
見極め/見抜く力があるに越したことはないが
誰しもが直ぐにできたり
要領を得るには難しいことだ。
だからこそ『モノを見る、捉える際に』
何事も“一面であり、点である“との自覚を持ち
仮に他の面が自分の目には見えてこなくとも
『それらはあるのだから、2面目、2点目ー』
と、考えたり、出してゆくのも手に思う🫶
点が増えることで
あげる点が増えると
それらは次第に接点が浮かぶだろう。
そうしたら、そのバラバラな点を
整理してまとめることで大きめの点とする。
もしくは、似てはいるが
「それぞれの点が違う面」であったのなら
それが線となり得る。
これが人生の中でバラバラだった点や面が
経験や体験の数により
膨らんだり、繋がってゆく作用なのだろう。
最近話題の
「オールドメディアとニューメディア」
においても
オールドメディアは一面を強調するが
ニューメディアは無数の点が転がっている🪨
あとはそれを“各々が結びたい“というのが
今、世論が想うところではないか?
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繋げてゆくべきか?
では全ての物事を繋げてゆくべきか?
と問われれば
[時と場合による]のが本音だ。
何故なら、それが意固地や凝り固まる
新たな盲信/妄信という塊たる
世界観を建ててしまい兼ねないからだ、、。
だから《キシミール》が想うのは
[流れるように、連なるように]
澱まない、淀ませない
循環たる繋がりのイメージでいたいのだ♻️
血液だって巡らねば壊死を招くし
身体だって、不自然な動きをとれば
怪我に至るのは想像しやい筈だ。
そして築かれた“所作や作法“というのは
連動する流れ、その優美さがより
エネルギー効率を高めるという一つの証だ。
さいごに
タイプやスタイル
ジャンルというのは色々ある。
正解も性格も無数にある。
それと同様に“所作や作法“も
自身の性、性分に合わせて選択すればよい☝️
ただし人間性を
十人十色、千差万別とあらわすと同じく
物事の見方や捉え方にも沢山の可能性が
秘められていることを忘れずにいたい。
“今、私が感じている点や面は
どう流れてきて、どう連なるのだろうか?
では、そこで生じる繋がりとは?“
景気、気運、空気を読む如くに
感じ取ろうとするのもありだが
《キシミール》は、可能な限り
自分で宿し、育て、築いてゆきたい。
それが己なりの流儀であり
生き様であり、道であるのだから🛣️
他人、世相を評する。
それも分析するという意味では
必要かもしれないが
世界、世間、社会のなかで
“自分はどう振舞うのか?“
そのために見識があり、良識を養い
自意識を成熟させてゆく🍏
なのであるから
私が生きているという表現を
本日も慎ましく嗜むのである🗻
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