【状況判断と心境判断を使い分ける?経営者の判断力強化法】
決断の連続
よくトップの人間(経営者など)は
“判断力に長けている“だとか
“決断が早い“といわれたりする。
誰しもの日常の中にあっても
決断の連続だ。
・どんな格好をしよう?
・どんな言葉を選ぼう?
・何を食べよう?
・何をしよう?
では優れた判断力がある人は
〈何を基準〉に
選択をしているのだろうか??
今回はそんな事を考えつつ
《キシミール》なりに
想うこと、目指す方向を
記していきます_φ(‘ω ')
判断基準をどこに設ける?
「直感」「才能」「センス」
はたまた「経験」によるなど
さまざま考えられますが、
一旦、《キシミール》は
先天的、後天的な能力のことより
現段階で
〈何をしているのか?〉
〈何が出来るのか?〉で想像すると…
⑴状況判断
⑵心境判断
を元に筋合いを模索する、開拓する、
拡げていく道があるように感じました💡
つまりは
⑴今の境遇を踏まえ、どんな状況へ導くか
⑵今の気持ちを踏まえ、どんな心境へ導くか
大まかにはこの二点が
《キシミール》には
キーワードに見えました👀
状況が先か、心境が先か
状況が悪ければ
闘争心に火がつく人もいるかもしれない
状況が良ければ
気分良く物事にあたれるかもしれない
だから[状況]を
どうするか?どうしたいか?で
「判断すれば良いんじゃない???」
とも映りつつ
《キシミール》的には
『心境での判断』を
選択したい、養いたい、と想いました。
何故なら[状況]によって
芽生えたり、生じた「心境」は
想い描いていた
『心境』とは異なる「心境」として
発露しそうだからです😥
【自分の機嫌を相手に委ねたくない。穏やかに気分転換をはかるススメ】
心境の影響力
例えば
“穏やかで優しく在りたい“とした場合
状況によってそれを手にしても
状況が変われば手放すハメになりそうだし
▶︎お金があるから
▶︎時間があるから
▶︎立場があるから
▶︎不安がないからetc〜
『心境』に対しての
「条件付け」がされてしまう恐れがある。。
それに[状況]とは
その時、その一場面、そのいっ時
その[状況]を継続させていかなければ
その「心境」にも在れないかもしれない。
では『心境』を
根本にした場合はどうだろうか?
心境を導く捉え方
引き続き、例えば
“穏やかで優しく在りたい“としたとする
[状況]は[状況]毎に
「心境」も変わる
だから、目的は到着地点で叶う格好。
一方で【心境】は
その道へ向かおうとした時点からが
スタートとなる。
つまり、“もう成り始めている“
ことを進めていく道とも捉えられる。
もう、一歩目から
“穏やかで優しく在りたい“の
【心境】が育まれ始めている🍀
叶ったときが到着地点ではなく
叶えていく日々、1日1日が到着地点で在り
“気付かぬ間に叶っていた“
そんな体感を得たい🗻
さいごに
判断力の〈速度や精度〉は
人それぞれの
「直感」「才能」「センス」
はたまた「経験」によるかもしれない。
けれど
自分の人生の目的や目標に関して
『どういうスタイルでいくのか?』こそ
前もって選択して
おくべきではなかろうか?
《キシミール》は、そう痛感する、。
そりゃ[状況]は常に良くしたい
良くあって、気分だって気楽で居たい。
しかし世界も社会も人生の日常も
色々な[状況]が訪れる。
だったら【心境】を一定に
“常に平常心で” ということではなく!
【心境】の風合い、移り変わり
コントラストごと味わい、謳歌する🌸
そういう捉え方。
【心境】が変われば自ずと
【状況】も変わる。
その状況とは[状況]とは異なる。
他所から見た[状況]が変わるというより
自分の中での
【状況】が【心境】によって
映り方が変わるという意味。
きっと些細な差だと想う。
右足に重心を置くとか
踵側に重心があるとか
微量なバランスの差なのだけど
それが人生においては
身体へ、心へと
徐々に大きく影響を及ぼしていきます❤️🔥
だとしたら
やっぱり《キシミール》は
訪れてから何かを用意する道より
自分を導く中で出逢う
様々な“訪れ“を背景に、お供に
きび団子でもお裾分けしながら
生涯を旅する道🛣を歩んでいきたい🐾

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