【認識力を養って捉え方の可能性を拡げる個人店の目付け】
目に見えているモノ
現在、西田幾多郎さんの
『善の研究』なる著書を読んでいる📖
正直、難解すぎて訳が分からない。。笑
そして今回の題材と内容に関係があるか?
といえば、特にないのだけれど、、
序盤を読みながら勝手に感じた部分があり
「物体は物体」「事象は事象」「認識は認識」
的なというか、言い表すのも難しいのだが
「人がそう捉えているから、それである(になる)」
のようか印象が残っている👀
はてさて当店は『横浜駅』にて
創業40年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
今回は【認識力を養う〜】
な内容の記事を綴ります📝
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記憶と感覚
『善の研究』で実際に語られているというより
私がそう受け取ったという面をもう少し✍️
要は
◇自分にそう見えている形
◇自分がそう感じている感触
で、モノを捉えているだけで
実際はもっと違う形や感触でもあり得る。
更に我々は、それを記憶で判断をする。
毎回コップを見て「なんだこれは?!」
とは、ならないように
記憶を繋ぎ合わせて予測や感覚的に
「これはこういうモノだろう」
と、捉えている。
つまり鉄だろうがダイヤだろうが
「柔らかそう」と想えば柔らかいのだ。
ただ実際に触れたら「硬かった」というだけで💠
認識力とは?
どう認識するか?など、捉え方の幅を
今《キシミール》は
適当に〈認識力〉と呼ぶ。
例えばポジティブとネガティヴなら
分かりやすい受取り方の比較となるし
妄想と現実、自分本位と慮りも
対比としやすいだろう⚖️
固定観念という言葉があるが
そこには対義的な「答え」があるというより
無数に選択が存在する。
常識や実例、可能性、実現性
色々な枠を設けたくはなってくるが
極端にいえば[捉える時点]だけ
を見れば何でもありだ。
観測してみたら自分上は
「こうだった」と思うだけで🔬
認識力と目標達成
当然だが、盲信、妄信による猛進は禁物だ🐗
けれど、ある程度の見立てを用意しつつ
自分なりの〈認識力〉を加えてゆくことは
創造力とも言い換えられるだろう🏰
◆他人が無理だと言っている
◆他人が無謀だと言っている
そこも私は私なりに熟考したうえで
私だけの〈認識力〉に映る
◇自分にそう見えている形
◇自分がそう感じている感触
“善い面“があるのならば
目標や夢として挑戦してゆくのが
人生の拓き方にも想う💭
だからこそ間違いがないように
《キシミール》は、併せて道徳や作法も
心にとめておきたいのだ☘️
さいごに
何を見るのか?
どこを見るのか?
世界は、宇宙は
電子だか原子だか粒子だかで
構成されているそうな🪐
実は、もっとミクロかもしれないし
もっともっとマクロな一部かもしれない。
しかし、人間社会での思考として
応用するとなると
「無限」は頭が痛すぎる。、笑
その時に何を基準や心情とするか?で
人それぞれの人情となるのではないか🤔
《キシミール》は、それが道徳であり
自分なりの信念であり、志しなのである🏯
それはまだまだ未熟で朧げで
曖昧な代物だ。
だから一生、その作法、流儀を
周りや歴史より学び
築いてゆく人生を歩みたい🐾
言葉は、言霊は、教えてくれる。
時を超えて、その時代、その境涯
その場所の常識のなかで、もがき、苦悩し、
なおも惹き出し、表現しようと
試みた先人たちの想いの丈🎋
現代人は、現代人の言葉がある。
ただ、今日に限らず言葉を遣い
心を著わすのは、とても難しい。
だが、私は知りたい。
生きている限り、私という可能性を
分相応に知りたいのだ。
どう見れば、どう見たら、
どう読み取り、どう感じられたら
新しい景色、改まる認識
託された好奇心
明日、未来へと進む
我が人生の経営がより愉しくなるからだ🗻
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