【自分に対する情について考える。個人経営の自己分析】
さまざまな情
人間というか生物には
きっと情が備わっているのだろう。
色々な感情があり
味わった情の色味の分だけ
個性となるのかもしれない🎨
当店は『横浜駅』にて
創業40年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
商売や仕事をしていると
どうしても数字に惑わされることがある💸
けれど、〈人生の経営〉と捉えると
量よりも“情の風合い“にこそ
言葉にし難い、価値や躍動を覚える。
てなわけで本日は
【〜情について〜】と題した記事を綴る📝
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情というエネルギー
・愛情、友情、慕情、恩情
誰か、何かに対して抱く情と
・私情、純情、激情、表情
自身、相手の中に湧いている情とがある
それらを
・心情として慮ったり
・叙情としてあらわしたり
ひと口に[情]といっても
さまざまなのだが、改めて考えてみても
[情]には、生命を突き動かす
原動力、エネルギーを
秘めていることに気が付く👀
ある意味、我々は[情]に
振り回されているのかもしれないが
《キシミール》は、この[情]とも
上手く共生したいのだ🤝
流されたり、振り回されたり
[情]に限らず、何事も
流されたり、振り回されるのは
中々に大変だ。。
とはいえ今回に述べたいのは
「ポーカーフェイス」
「アンガーマネジメント」
感情のコントロールというより
[情]との共生
付き合い方てな感じだ🌸
例えば「好き」という
感情をコントロールしようすると
「好きになり過ぎないように」
するかもしれない
一方で『好き』という
感情と共生、付き合おうとすると
『好きになれたことが嬉しい』
尊さへと拓かれる気配がするのだ🛣️
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自分に対する情
周りや他所へ対する[情]と同様に
自分への[情]もあるだろう。
その場合、「情けない」と
鼓舞の意味だとしても
ムチを打ってしまいガチだ😥
しかし《キシミール》は、想う。
その[情]が芽生えたこと自体が
経験、体験、成長への肥料なわけで
せっかくの栄養なのだから
有り難く吸収したい🌱
自己肯定感とも微妙に異なる。
自分どうこうの前に
〈人生という生きる時間で出逢う〉
色々な感情、事情の
“ありがとう“を沢山、知り、受け取り
そのエネルギーを、自身を育む
原動力、活力として
我の生涯を潔く生ききりたいのだ🏯
さいごに
潔く生ききるとは
燃え尽きることと同義だろう❤️🔥
しかし、燃えるほどの熱情かどうかより
『分相応にやりきった』と
己に納得ができれば、それで善しだと
《キシミール》は、想う。
未練とも違う、〈余情〉
私という人間を出しきったとき
最期に何が遺るだろうか?
それが人間味、人となり、
そして生き様なのだろう🪨
むしろ自分の中に何も残らずとも構わない。
『無情』
響きは、悪い印象かもしれないが
私の“全身全霊“を体現したともいえる。
自分の中に残らずとも
家族、友人、知人、誰かや何かへ
遺るモノもあるだろう。
生きるとは作品創りだと
《キシミール》は、考えている🖼️
けれど私は、凡人だから
素のままでは天性の人物らの領域に
いつまでも憧れ、羨ましさ
胸を焦がされてしまう、、。
だから私は、己の可能性を
能力、魅力を惹き出すために
この生命で出逢う
色々から、学び、養い、磨き
自分自身を、振舞いを、言霊を
この身に、魂に宿し
凡人なりの、私だけの
生き様を築きたいと志している🗻
感情表現が得意ではないといわれる日本人
だからこそ
[情]の奥深さ、奥ゆかしさ
情緒の尊さも嗜める🇯🇵
スマホもあるし、ネットもあるし
めちゃくちゃ便利な世の中でも
きっと鼓動が続く限り
[情]に助けられるのだろう。
大切に、共生、心技体と
切磋琢磨してゆくとしよう🍀
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