【自分の振舞いは作品、連れ立つ人は芸術。洗練させたい経営像】
おこないという振舞い
当店は『横浜駅』にて
創業39年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です☺︎
《キシミール》では常々
〈自身のおこない/振舞いは作品〉
だと考えて言動に気を引き締めています🥋
というのも、そう考えていないと
すぐに「黒歴史(痛恨のミス)を残してしまいそう」だと、思っているからです😥笑
それ以外にも
細かな所作、語彙、表現であらわれる
“人となり/人柄“に惹かれるから✨
では〈自分の振舞いに気を配る〉
のは、嗜むとして
周りの人やモノについては
どのように捉えるのが良いのだろうか?
今回はそんな視点で
身の回りを覗いてゆく記事です✍️
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連れ立つ人は芸術?
もし人生で“遺せるモノ“が
作品=自分の振舞い(人となり/人柄)
だとすると
およそ生涯で“残るモノ“は
芸術=大切な人、大切なモノ
ではないかと
《キシミール》は考えています🖼️
つまりは
恋人、伴侶、子ども、友人、ペット
[愛着のある物事]とは
『芸術』のように捉えています🎨
連れ立つとは…
一緒にゆく、伴ってゆく
生涯の貴重な時間を
共有、共感してくれる仲、間柄の対象は
芸術品のように想えます。
作品は育む、芸術は育つ
自分という作品は
自ら育むモノのように感じます。
一方で
存在という芸術は
共に育つモノのように感じる。
作品は己で手を加えたりして
変化があるかもしれませんが
芸術は観る人の心境によって
変化があるのではないか?
作品は心の内から湧きおこる感情を
表現すること
芸術は心の外から贈られた影響を
体感すること
芸術とともに歩み
作品とともに一生を全うする🛣️
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人生のパートナーとは何か
恋人や奥さん
人生のパートナーと付き合うとき
つい自分の都合目線
作品だと錯覚してあれこれ
理想を求めてしまうのかもしれない。。
けれど、相手は
芸術なのだとすれば
惹かれる面も、難解な面も
その年齢、時期、心境、体調
さまざまな場面で
感じさせてくれる、その多彩さに
感謝や感動や感激
深みという愛おしさを覚えないだろうか?
そして、それは
愛着という気持ちを宿らせることで
より豊かに育つのだと想う🌹
手塩をかけるのは作品。
恵みに気付かせてくれるのが芸術。
さいごに
誰しもに好みがあり
惹かれる対象は異なる。
だから無理に
近付くことも、執着することも
必要がないと思う。
では自分の周りに
心の中に残ってくれている
存在たちに対してはどうだろう??
自分の人生で出逢い、集まり合えた
芸術たちに対して
私は、アナタは、どう向き合っているのか?
ただ眺めたり、批評したり
所有するだけのようになっていないか?
なんとなくで付き合っていたり
けなしたり、陰口を言ったり
召使いのように扱っていないか?
芸術は、それだけで光を放っているが
芸術は、何処にあるかで更に輝きを増す
そう、一緒にゆく、伴ってゆく
私たち次第で芸術の真価があらわれる💎
恵みに気付かせてくれて
恵みの味わいを探究させてくれる芸術🌌
裏を返せば
私もアナタも誰かの芸術なのだ。
《キシミール》の場合なら
〈自身のおこない/振舞いは作品〉
だと考えて
慎ましく、分相応に、粛々と己を育む
【最善(ベスト)を尽くそう】
自分の信念や志しを
築くことを愉しむとは
生き様という作品を遺し
誰かの心へ恵みとなるヒントを贈る
『芸術/アート』となることだ。
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