【肌感覚で分かる人が羨ましい。雰囲気や先見を探る事業の目】
好みがハッキリとしている人
当店は『横浜駅』にて創業39年目の
小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です☺︎
私事ですが
どうも〈ハマる〉とか好みというモノに
鈍感であります。。
自分でいうのもなんですが
“真剣に生きていたい“とはしつつも
〈熱狂、情熱〉というモノを
何処かに置き忘れてきたように
その心の感覚が抜けているように感じています、。
決して趣味がないわけではないし
自分なりの探究や追求は好きだし
燃え上がりとはいかずとも
ジリジリとした熱意は持っている🔥
だからか
世を見渡して、〈熱狂、情熱〉を注げる
瞬間、時間、対象を見抜く
肌感覚や先見を持つ方に
憧れを持っている。
そんな今回は
自分なりの[雰囲気を築いたり/察する]
能力について考える記事です📝
おすすめの記事【チャラいよりは、ペラい道を選ぶ?自分なりの人格育て術】
楽しめる人、盛り上がれる人
どんな場所や場面でも
楽しめる人、盛り上がれる人
飲みの席なんて身近から
ライブ、コンサート、スポーツ観戦…
映画やドラマやアニメ、
インフルエンサー動画…
もちろん《キシミール》も
喜びや、感動、様々な想いをいただきますが
絶叫、声援を送っていたり
「泣きました😭」などのコメントを見ると
その人たちの〈熱狂、情熱〉に
感服させられる。
では何故なのだろう??
恐らく《キシミール》の場合は
感情が外に向かわず
内に向かっているからではなかろうか?
感動をしたいより、感動を生みたい
以前にも記しましたが
《キシミール》は
楽しむより愉しみたい。
要は自分で愉しみを見出したいタイプです☻
感動に関しても
・感動をしたい というより
・感動を生みたい
“他人を感動させたい“てな意味とも
またニュアンスが異なり
“些細なことにも感動の種を宿せるような
自分で居たい“
そして、その感動とは
必ずしも〈熱狂、情熱〉という
カタチではなくとも
しみじみとした味わいに
心が動くさまを感じたいように想う。
だから、ある意味
即効性のない感動、けれども
熱情の体温がじわじわとあらわれる
微熱みたいな状態に
身を置くのが性に合っているのでは?
と、思い当たりました。
おすすめの記事【しみじみと”健康”という娯楽を体感する。地味なりの全う作法】
体験も体感の実験
簡潔にいえば
《キシミール》には
フィーバーする状況がない🎉
フィーバー的な事は体験してみたいので
お酒を飲み過ぎたあげく
失敗をしたことは沢山あるのですが、、笑
とにかく鈍感なので機会があれば
先ずは「見てみよう/行ってみよう」
とはしてみます👟
けれど、案の定
楽しみ方を掴めず、ポツン、ポカンと
しているかもしれません。笑
その間にお酒だけ飲み続けて
泥酔していたりします🥃
結局、『ピンとくる』のが遅い
お店選びも、人付き合いも、趣味も、
ミュージシャン、アーティスト
「好きな対象」に〈熱狂、情熱〉を
注ぐのではなく
全部、一旦、自分に注いでみてからの
化学反応的な何かが
沸々と湧き上がるの待つ🧪
さいごに
《キシミール》の目に映る
世間の様子は
本当に皆さんは、日々を楽しみ上手で
人付き合い、趣味、場面を
謳歌しているように見える👀
と、同時に《キシミール》と同様に
自分の中を愉しみ
そこから芽生える感情を感性を感覚を
何かで表現したり、
育みたいというタイプの方も
一定数存在するのではないでしょうか?
今回はいつも以上に
ふわっとした内容になってしまいましたが…
〜先日、久しぶりに
ご近所の行けていなかったお店さんへ
何軒も独りで飲みに行ってみました。
それぞれに個性的で
楽しそうな笑い声が聞こえ
利用する方々にとって魅惑的なのだと感じました。
けれど
やっぱり《キシミール》は
ドギマギしたというか
凄く落ち着かなかった。
皆んなハツラツとしているのに
何処か、その役割を演じているような
雰囲気に映ったからです🎞️
逆にその方が
働く側も楽しむ側も円滑なのかもしれない。
そして案の定
二日酔い、その余韻を身体に抱えながら
《キシミール》という職務
生業に帰ってきて、この念を綴っています。
今、自分たちのお店に居て
ホッとしています。笑
慣れているからなのもあるのですが
《キシミール》は
ホッと、ほっこりとした
空間にしたいと想い
お店作り、雰囲気作りを試みています🚿
他所のお店さんには
刺激を強く感じ過ぎてしまいました。、。
かといって退屈なお店も存在するとして
そうはならずにいたいもの。
《キシミール》は
肌感覚で『コレだ!』という
センスには恵まれていませんし
先見の明にも乏しい前時代的思考です。
そんな鈍感なのが
欠点に思える時期もあったけれど
今は鈍感な肌感覚と
鈍感な先見性でいいと想えた。
内に籠るほどのストイックさはないけども
たまに外の世界からも学びながら
自分のなかの心を意識を精神を
育てる道に身を置くのも
地味で世間からはぐれた気にもなるが
安心するのも確かだった☘️
万人を喜ばせる能力は
《キシミール》にはないだろう。
だからこそ
自分を、身の周りの関わる方を
《キシミール》を必要としてくれる人には
歓びの種、感動の種をお裾分けして
それぞれが帰る日常こそが
花開き充実してゆく
そんな休息地、休憩所、通過点が良い🍀
ちょっとずつ、少しずつ
適量の人生がちょうど善い。
そうか、自分はこういう生き方に
ハマっているようだ🛣️
- LINE追加(QR画像をクリック)で



