【見る目を養いたい。個人事業主が磨くべき審美眼】
審美眼とは何か?
“美を認識する能力“
それを審美眼というそうな。
当店は『横浜駅』にて
創業40年目に入った小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
我は思います。
見る目を養いたいと👀
更にいえばアート的な美だけではなく
価値観や物事の捉え方としての美を
感じられるようになれたらと。
では、見る目に映す美とは何か?
その美はどんなチカラがあるのか?
本日は【見る目〜審美眼〜】を
テーマに綴る記事です📝
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見る目をどう養う?
見る目とは=捉え方とも思えます。
私たちは物事を
[形、意味、音]で識別している。
だが、よく考えてみると
これらはすごく曖昧とも感じる。。
何故なら、気持ち、心地の影響を忘れて
受け取ってしまいガチだからだ、。
その時の心境や、前後の文脈
誰が、どのように言ったか?
この違いでも感想、印象は変わってくる。
〈見る目〉と一言で表しても
[形、意味、音]の
焦点/ピントにも気をつけたい。
色眼鏡というと奇異な見方っぽいが
自分なりのフィルター/レンズを
持つ感覚が必要かもだ🧐
美意識と申しますか…
つまり今回述べたい美とは
私なりの審美眼という見る目=フィルター
そんな感覚です👓
それは美意識とも言い換えられます。
イメージでいえば
〈どう捉えるとより美しくなるか?〉
情報に対する審美眼、美意識🖼️
物事の[形、意味、音]を解析するとき
⑴状態を捉えるのか?
⑵性質を捉えるのか?
⑶活路を捉えるのか?
また個別にとらわれずに⑴〜⑶を
織り交ぜ成長させるために捉えたい。
この美意識が審美眼に通じ
見る目を養うことに繋がるのかも🌸
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台湾の震災対応から学んだこと
先日起きた台湾での震災
その被災地、避難所などでの対応に関して
日本の能登半島地震の対応との比較が
話題となっていました。
①被災地の倒壊した建物の処理
②避難所のプライバシー
③対応へのスピード感
確かにそれだけを見ると
「何故、日本も同じように出来ないのか」と
不満や不安が浮かぶのだけど
①〜③全てにおいて[国の介入度が異なる]
という点も考慮しなければならないようだ。
日本は軍を持たない、建物は個人の物
様々を尊重している、その見えない部分で国民の意思が守られている。
台湾は、軍を持ち、有事への意識が高く
国家安会議(政府)が主導で対応する。
さいごに
日本は良くも悪くも
多階層で尊重の連続ともいえる。
だから承認を得ての意思決定までが長い。
それだけ〈既に個が守られている〉のに
表層部分だけを見れば
遅い、古い、不便とばかり
意見をぶつけられてしまう。
では、もっと国を信頼して委ねるか?
といえば、「それも嫌だ」となる、、。
何事も一長一短だろう。
いい塩梅を探ろうと
日本国政府だって大変だとも思える。
①被災地の倒壊した建物の処理
▷慎重に丁寧に専門家が事にあたっている
②避難所のプライバシー
▷見栄えは劣るが質実剛健にダンボールで同等の対応をしている
③対応へのスピード感
どこまで緊急時は国が動いて良いか、常に模索している
それも目立たぬ事実だろう。
初速が遅く地味だが、着実に、理にかない
“和をもって尊しとなす“を築き続けている🏯
さて、見る目とは捉え方であり
その捉え方には審美眼や美意識がありそうだ。
《キシミール》個人的には
私なりの目を養いたいと考える。
そう、私なりに知りたいのである。
世界の、国の、良し悪しは分からない。
でも、その中に存在する
美なる部分を知りたい🔍
美とは活気とか活力だとか
良き影響を宿していると想う。
その部分を栄養として
あらゆる〈私なり〉を育みたい🌱
巷の物事の[形、意味、音]には
色々な影響力が含まれている。
どこを受取り、どう受取ろう。
得もいえぬ、違和感、
モヤモヤが漂う世の気配🌏
自身で浄化して心身にまとう
そうして生きたいと《キシミール》は想う☘️
別段な話ではない
潔く、仕合わせに生きたいという意味だ。
多彩なる価値観を示してくれる
この世の人たちに感謝しながら💐
自分の人生の経営を
これからも嗜んでまいる。
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