【自分と他人は違うからこそ学べるし面白い。個人事業と社会常識】
個人事業主の社会常識
皆んながみんなというわけでもないし
非常識と言いたいのでもないけれど
個人経営的な生業の人は
社会常識の枠組みの中だけでなく
〈外側からも取り入れたい〉
という価値観に想う。
いや、きっと業界や会社毎にも
社会とは異なる常識観があるのだろう。
時間の使い方、仕事への熱中と力加減
日常の何に重きを置き、どんな目線でモノを見るのか
なんにせよ個人経営の場合は
“自分なり“がより必要とされるので
常に自己責任だ。
当店は『横浜駅』にて
創業40年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
本日は【自分と他人の違い〜】
について想いを巡らせる記事です📝
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知った気になる連続
歳を重ねて、知見/経験が増えると
確かに知識は蓄積される。
それで「知った気になる」のは
驕りという面だけでなく
[他人との価値観]に対しても、に想う。
難しいニュアンスだが
ほぼ同じ体験や似た経験をした者同士でも
「受け取り方」
いわゆる感受性は異なる。
これらは、特段その差異で
困ることはないのだけれど
微妙な違いが、些細な違和感になったり
答え合わせに時間を要したりする⏳
これが「分かり合っているのに、伝わりきらない」な膠着状態に感じる。
伝えたい、伝わって欲しい
《キシミール》個人的には
『伝えたいし、伝わって欲しい』と
手を替え品を替え説明してしまう😥
それは何故かといえば
〈同じ言葉を共有すれば同じ価値観に辿り着く〉と、思い込んでいたからに他ならない。
そうして、ようやく最近覚えたのが
前項でも述べた
“ほぼ同じ体験や似た経験をした者同士でも
「受け取り方」
いわゆる感受性は異なる。“である。
近しかろうが、親しかろうが、家族だろうが
善いアイデア、善いおこない、だとしても
「分かるけど、伝わらない」
それは[志しの景色]に違いがあるからだろう🗻
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必ずしも一緒がいいとは限らない
《キシミール》個人としては
「一緒に」という観念に願念に
憧れていたのだと想い返す。
けれど、ようやく
『一緒じゃなくても善いではないか』と
知ることが叶った。
これは別々でもいい、バラバラでもいい
というより
フワフワした状態からでも
デザインし直せばいいじゃないか。
『なるほど、同じ志しになると思い込んでいたが、そうでないことを知り、寧ろ安堵した』
そんな心情だ。
人と人、千差万別、十人十色
なのは理解していた、もう一つ奥を垣間見た👀
さいごに
もう一つ奥とは
似た者同士、惹かれる者同士
理解したい人、理解して欲しい人
ここでいうのは
「ただお近付きになる」間柄ではなく
仲間、家族、同志と呼べて
『手を取り合う仲』だとしてもだ。
チーム一丸的な、イメージも理想も
完全一致ということではなく
個々のビジョン、目線、役割、性分が
違うからこそ
知り、覚え、改めて未来を描き出せる
無限の世界地図のように感じた🗺️
という話だ。
私は、ある意味で“自分の理想郷“という
世界地図を持っていたし
善い世界地図さえ創れれば
皆が共感して、想いが伝わり
同じ志しになるものと思い込んでいた🔮
けれど、そうではなかった。
“私なりの世界地図を描く“とは
私が描いた大陸に誰かが
未知の山々や、砂漠地帯、森林、湖
壮大で、想いもよらない
さまざまな彩りを加えてくれて
描き直さざるを得ないモノだからこそ
人生という
♧無限の世界地図
♧未完成の世界地図は
愉しみ甲斐のある賜物となるのであろう🌏
きっと、信じた誰かと同じゴールライン
ゴールテープをきることは出来る。
だとしても
想いの中の、志しの中の、魂みたいな部分
根っこの根っこまで一緒じゃないからこそ
また歓びの数も大きさも鮮やかさも
私なんかの想像を超えた景色になるのだと
ようやく気が付いたのだ🖼️
個人経営というより
《キシミール》の場合、家業をしていると
志すからには〈一致団結〉しなければとの
観念が強かったように想う。
でも、そこも少し軌道修正しよう⚓️
そういやワンピースの麦わらの一味も
同じ船に乗りながら
各々に夢があるからカッコ良かったのだ👒
ただ、一繋ぎの大秘宝だとか
心意気だとか、道徳心だとか、
粋に感じる人情味という船や目的地だけは
外さないように
お互い【最善(ベスト)を尽くそう】⛵️
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