【経営で痛感した”議論脳から団結脳へ”の変換の意識】
向上心の表現法
小さなお店を営む
自営業者の《キシミール》にとっては
経営も人生も
常に成長を目指す生き方をしたい!と
考えています🌱
なので
人と話をするとき、自問自答をするとき
つい「議論のような話し方」を
してしまいがちです。。
そしてその「議論」の意識も
いつの間にか「討論/ディベート」の方向へ
熱を帯びてしまうこともしばしば、。
〈向上したい、成長したい〉
だから色んな意見を聞いて伝えて
より良い考え方を見出したい…
しかし本当は
「議論」がしたいのではなく
『団結』がしたいのが理想
てなわけで
だったら「議論」を経るのではなく
最初から『団結脳』で会話したり
振る舞える心掛けをしなきゃな!って
想って綴る今回の記事となります📝
【風俗店で男を磨く方法をギャルゲーやハーレムアニメで例えてみる】
ディベートが足らないといわれる日本
海外に比べて日本は教育の段階から
「討論/ディベート」が足らない
なんて言われたりします。
“自分の意見や意思を示す“
確かに大事なこと。
その訓練になるのが
「討論/ディベート」なのも理解は出来る。
しかし何だか
「協議」や「議論」も
ベースが
「討論/ディベート」に飲まれ
◆白黒つけること
◆どちらかの色に塗りつぶすこと
そんな風潮ばかりが浮き彫りになっている
気がしてしまう、。
議論の練習が討論、団結への道が議論
もしかしたら
討論→議論→団結への順序を
辿ろうとしているのかもしれない。
そう、対話、コミニュケーションは
重要なのだけれど
何故、対立構造/構図から
スタートする必要があるのか??
きっと海外は人種や民族
国が隣接することで
価値観も人生観も宗教観も異なる人同士
つまり『団結』しても良い相手なのか?
を探ったりするところから
見極めなければならない
文化だったのかもしれない、、。
そう想像すると
もしかすると日本人同士では
対立構造/構図からではなく
シンプルに最初から『団結』を目指す
対話を用いるべきなのでは??
と痛感したり。
【自分の出会いを求めるより、相手の出逢いになるための自分磨き】
議論脳、団結脳とは?
《キシミール》の私的な反省点は
「議論のような喋り方をしてしまう点」
・相手が何を考え、何をしたいのか?
・私はこう考え、こうしたいと想っている
もちろん、その後には
相手も自分も
[より善くなって欲しい]や
“知恵や力をお裾分けし合う“
『団結』的な理想の元、話をしている
つもりだった。。。
けれど、これからは
『団結』が前提にくるような
◇こういう風になると善いよね
◇その為にはこういうやり方も善いよね
みたいに
▶︎現時点の立ち位置から話すのではなく
▷理想の未来像を共に想像(創る)する位置で
向き合えたらと感じた。
さいごに
未だ未だ言語化するには
整理もついていなくて
まとまった文章には出来なかった…
ただ、こういう“小さな意識付け“が
この先に進みたい道を軌道修正する
コンパスでもある🧭
私は今まで
「誰かと語らいたかった」
夢について、未来について
趣味について、価値観について
その時に生じる
♣︎ちょっとした言い争い も
「誰かと語らえている」実感、充実感の
一つだと、
独りで悦んでいたのだと思う、、、。
そして現代、インターネット、SNS
実際の場面でも
「議論」
「討論/ディベート」の延長で
♣︎ちょっとした言い争い
だったとしても などを垣間見た時
やはり優勢な側の
優越感ばかりが印象的に見えてしまう😥
《キシミール》は
もっと『団結』に近付きたい。
それは実際に
“手と手を取り合って何かをする“
ということではなくて
ドラゴンボールの元気玉のように🐉
いざってとき知ってる人も知らない人も
【善いよね】って想えることを
実現させていくために
『団結』した意識、意思を
お裾分けし合う、切磋琢磨し合う
【雰囲気/気運】
そういう世界、日本、社会、地域
人と人だったら素敵だってお話。
私個人、《キシミール》は
我が道を育み続ける🌸
だからアナタも
アナタにしか現れない道で
顔晴ってくれたら
歓ぶ人が居るし、いい影響が
増していくんだと想う🍀

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