【現在を生きて、未来を語る。自営業者の人生時間軸】
過去・現在、未来のどこに生きるのか?
常識的なことを述べれば
[人間は現在を生きている]
けれど人は
想像や創造、思い出や展望
心の中、イメージの中で
過去向き、現在向き、未来向きに
気持ち、精神を働かせ、活動している。
当店は『横浜駅』にて
創業39年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
発現し、重ねた歳月、年月が多いほど
過去を見渡しガチになるかもしれない。
そんな本日は
【現在を生きて、未来を語る〜】と題して
自分なりの生きる作法を模索する回です📝
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後押しされ、感じ、見る、時間軸
《キシミール》的には
①過去に後押しされて
②現在を感じながら
③未来を見据える
そんな感覚で日々を過ごしています☘️
しかし、以前には
❶過去ばかり眺めていた時期もあったし
❷現在に囚われていた時期もあったし
❸未来に願望的な救いを求めたりも
していました😥
私的には、一極、一点ずつをとらえるより
流れをどう伝え
エネルギーをどう用いるか?
自分の人生、体内にも巡る
〈時間という莫大なパワー〉との付き合い方も
大切にしたいと考えている⏳
ふとした会話の中にも
昔馴染み、旧友、同郷、親戚
他にも対人との会話で過去の出来事や
世代/時代について懐かしむ機会がある。
その際の締めくくりというか
終着点に未来向きの言葉を
語る人はあまり居ないように思う🤔
一方で子どもはよく未来の話をする。
そう、大人になると
過去と現在と未来の情報量は得るのに
過去は過去、または現在との比較
未来は未来のように
分けて語ることが多い気がする。
細かいことだが
常にひと繋ぎ、一連を流れで
紡いでもよさそうなのだが🧶
《キシミール》は、言葉/言霊に
未来や将来への種を宿したい🌱
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未来語は鬱陶しい?
例えば
・過去の出来事や
・現在との比較の会話をしたとき
『それなら、こんなことに活かしてゆけるね!』
『あんな風になるかも!なれたら愉しみ!』
などと、話を結んだら
鬱陶しいのだろうか🧐?
もしかしたらウザったく
聞こえるのかも分からない。。
けれど、それこそどうしてだろう?
一般的じゃないから?
謙遜的じゃないから?
大人が無邪気に、純心で居たいと
振舞うことは滑稽で嫌悪なのか?
《キシミール》は、その不思議も興味深いし
それなら自分は厨二病のままでもいい🤖
さいごに
過去、現在、未来
個別に考えるのは当然あるし
大アリな訳だけど
♧後悔するにしても、反省するにしても
ねぎらい、グッジョブと感謝するにも
→①過去に後押しされて
♧今がどんな状況で、環境で、境遇でも
自暴自棄にならず奮い立ち
→②現在を感じながら
♧願望よりも、自分だけでなく周りにも
状況を、環境を、境遇を好転させるための
→③未来を見据える
そんな流れ、連なりで
《キシミール》は、時間というパワー
エネルギー、チカラを浴び
己の人生の道を拓き、築いてゆきたい🏯
水がよどんでしまうように
心だって、よどんでしまう🌊
それには、やはり
循環、浸透、濾過、変化
生命でいえば細胞の生まれ変わりのような
胎動、成長、動作、所作、振舞いへと
このセカイへ、このカラダで
あらわしてゆくことが
必要なのだと想える。
地球が生きているように
宇宙も生きているのだろうし
時間という概念は
人間が創ったのだとしても
それもまた命を宿され
生きているともいえる🌍⏰
生きているモノ同志
エネルギーを発するモノ同志
それぞれが善き影響を育めるよう
試みる生涯は
壮大でささやかな私の嗜みなのだ🎮❤️🔥
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