【分かる人と気が付く人の違い。個人店経営のヒント探し】
正解はあっても答えは無限
情報社会の現代。
これまで人類の叡智は
伝承、伝統、風習
口伝、文書、書籍などで
一部の人からじわじわと
人々へと伝わってきたと想う。
そして今は老若男女問わず
いつでもどこでも直ぐに
情報へとアクセス出来たり
更に新しく創作したり
発信していけるネットインフラのお陰で
数多の「正解」が溢れる格好となっている。
この「正解」とは
あくまでも“誰かにとっての「正解」“であり
自分の「正解」つまり『答え』とは
異なっていると
《キシミール》は感じています📕
そんな訳で今回は
「情報の捉え方」だけでなく
『物事の感じ方』
目標や目的、夢、希望
“目指す方向性への道“に
影響するであろう
考え方について考察してゆきます✍️
【風俗店で得られる(学べる)のは性のテクニックより異性への想い遣り】
分かる人とは?
▷勘が良い
▷理解が早い
▷判断力に長けている
そういう人が
「分かる人」と言えるかと思います。
頭脳明晰というか
地頭がよいというか
勉強出来そうな感じ。笑
そういった凄い人物でなくとも
“思考の傾向が“
物事を「分かるか、分からないか」で
判断するタイプの人
その場合は「分かる人」に
分類してみます🙆♀️
気が付く人とは?
□想像力がある
□頭の回転が速い
□語彙や選択肢が多い
そういう人を
『気が付く人』と定義しています💡
気が良いというか
根が優しいというか
分かり合えればとても惹かれる人柄的な。
“思考の傾向“としては
物事を『ヒントにして、どう対応するか』で
言動をしていくタイプの人。
なので、見る人によっては
〈難しい人物〉に映るかもしれませんね!
分かる人と気が付く人の違い
どちらに優劣がある訳ではないし
皆んな場面や課題が変われば
どちらのタイプも
持ち合わせていると思うので
自分が“どう取捨選択してゆくのか?“
そこが重要だと感じます。
大まかなそれぞれのデメリットをあげると
「分かる人」は…
・「分かった」と決め付けがち
・「分かった」ことに固執しがち
・「分かった」はずなのにと混乱する恐れ
『気が付く人』は…
・『気が付く』が行動で示せない
・『気が付く』が逆に平易な言葉が出ない
・『気が付く』が周りに理解してもらえないと塞ぎ込む恐れ
「分かる人」は
その道がガッチリハマれば一直線のように
無類の強さを発揮できる。
『気が付く人』は
表現力が伴えば様々な人や事柄を味方に変えて前進できる。
分かる人と気が付く人の使い分け
それでは私感を述べますと
《キシミール》は
『気が付く人』をベースにしています⛏
「学」がないのも一つの理由ですが、、笑
なにより勉強をしたり調べたり
知識に触れたとき、体感を得たときに
「分かった」と決めたり、納得してしまうと
そこで道が完結してしまう
気がするからです。。
少なからず自分の想う
経営や人生に「正解」は
見つけられそうにないし
『答え』を探し続けることに
苦労はあるけど歓びや甲斐もある。
だから事象の全てをヒントとして
□想像力
□頭の回転
□語彙や選択肢
を地道に養って
更に一人でも多くの
似た悩み、同じ困難、課題、不安、目標
を持つ人たちへもヒントを届けられるように
自分の表現力を磨いていきたいと
強く想い抱いて《キシミール》という
人生を歩んでいます🐾
さいごに
可能なら“相手の状況“を
「分かり」
“相手の心情“に
『気が付く』
万能ハイブリッド超人になりたい🦸♀️🦸♂️笑
けど今は
自分のことさえも「分からなくて良い」から
多くの感情や状況から
予測や仮定を立てて
◇自分の在りたい人物像
◇自分の成りたい人柄へと
道を絶やさず進むことをし続けてゆく🛣
語彙があったって
単純で簡単な表現が出来なきゃ
伝わらないし
想いがあったって
感情をコントロール出来なければ
害にさえなる
商売もある意味“売れる商品“という
「正解」や誰しもに「分かる」物を生み出し
それが“売れ続ける“ことをやるのが
目的だとされている面もあります、。
けど《キシミール》が想う経営とは
生業であり、人生、生き様🗻
“売れる商品“が“売れ続ける“ことを
追いかけたり、縛られたりするより
その時々や年齢、環境の変化
心境の変化、人生観と共に
『答え』を探し
『気が付く』ことと共存しながら
自分が磨かれたり、無駄が削ぎ落とされたり
成長したり、円熟して
枯れながら、誰かの肥料となるその日まで
売上以上に尊く
残ってゆく【ご利益】を高めてゆきたい🏯
この記事も
誰かのヒントに『気付き』になれば💫


