【夢や目標がなくても”テーマ”を持って過ごす。個人事業主なりの職責?】
自分を突き動かすモノとか何か?
当店は『横浜駅』にて
創業39年目に入りました
小さな個人経営のお店🚿
ファッションヘルス
《キシミール》です☺︎
私たちお店(事業)を営む者は
ある意味、自分のさじ加減で
▶︎サボりたい放題です
だけれど
そうすれば当然の如く
〈従業員もお客さんも集まらない〉
生活をするためのご利益を得られる確率は
大いに低下するばかり。。
なので大袈裟にいえば
『如何に己を律するか』に
命運が、かかっている訳です…
てなわけで今回は
自分を突き動かすモノ(原動力)とは?
その正体や実態
捉え方、活かし方を模索してゆく
記事となります✍️
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夢や希望や目標の維持
学生さんや新社会人
起業を考えている方などなどにとって
[夢や希望や目標]は
とても心強い原動力かと想います✨
しかし
長らく社会人として勤めたり
個人事業主(個人経営)や
小さな事業者さんたちの中には
日々に忙殺されたり
はたまた事業(職務)を整えたり
立て直したりの
「何(から)をして良いか分からず」
[夢や希望や目標]が薄れ
忘れてしまうことさえあるのも
また現実だったり、、😥
では、そんな
[夢や希望や目標]の維持が難しい時に
〈道を見失わない〉代わりの目印となる
モノはないのだろうか?
日々にテーマを持ってみる
そこで役立つのが
『テーマ』なのではなかろうか?
と、《キシミール》は考えています💡
近しい価値観には
⑴課題
⑵意図、構想(コンセプト)
がありますが
仮に[夢や希望や目標]が
グラついてしまっている際には
それに対する⑴は重荷かもしれない、。
一方⑵も、事前に立てておいた
「計画」「想定」的な意味合いが濃くて
〈立ち返る〉という面では活かせても
“前進をしながら“という面では
それ自体を見直す必要性が
生じるかもしれない。。。
それじゃあ『テーマ』は?というと
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気軽に気長にテーマを設けて
『テーマ』そのものにも
課題、意図、主題という意味がありますが
ドイツ語のこの言葉を聞くと
我々は何となく
〈物語/音楽/劇〉を連想する🎼🎞
そう、例えるならば
[夢や希望や目標]が中長期的な
人生をあらわしているとすると
『テーマ』はもっと個包の
1日、日々、時期など
人生の中のひとつの〈物語/音楽/劇〉
サブストーリー、サブクエスト
のように捉えることが出来ないでしょうか?
◇歩き方
◇佇まい
◇声色や表情
◇出立ちや振舞い
☆どんな自分に成りたいか?
の第一歩目🐾
☆どんな自分で在りたいか?
の体現、表現を試みる部分。
この小さなスタートライン
二歩目、三歩目へと進む足取りが
やがて、見失いかけたり、
抱いた頃には朧げだった
[夢や希望や目標]をも
色付け、彩り、鮮明にと
自分の目に、心に、未来に、
投影してくれる一筋の光、映写機📽
だったりするのではなかろうか???
さいごに
《キシミール》は常々
【最善(ベスト)を尽くす】ことを
信念、志し、生き様にと据えている。
これはまた
[夢や希望や目標]を包み込む
一生、生涯を通じた概念に想う。
そんな精神的な
信念、志し、生き様が顕れるのこそ
末端的な
仕草、口ぐせ、身のこなし、
◇歩き方
◇佇まい
◇声色や表情
◇出立ちや振舞い
だと《キシミール》は考えている。
『テーマ』の中
〈物語/音楽/劇〉内で
表現してきたささやかな
一挙手一投足が変化すれば
[夢や希望や目標]で
発露される、担う役割での
結果というカタチもまた多種多様であろう🎨
そんな結果が叶うとか叶わないとかの
カタチはどうあれ
成果として顕れる自身のカッコウこそが
信念、志し、生き様といえる🗻
私たちは
ある意味、自分のさじ加減で
人生を▶︎サボりたい放題です
サボり方、休み方
そこでも顕れるのが本性だとすれば
♠︎怠惰に流されたカタチではなく
♤回復のための潔いカッコウとなるように
『己を律して』
休息も全うしたい🏝
つまりは
真剣に顔晴りたいのだ。
他人から見れば
♧地味なこと
♧地道なこと
♧不恰好なこと
滑稽でも構わないから
無粋なことだけは選択せずに
自分の想う
【カッコウの善い】振舞いを
日常の『テーマ』にする。
これが“自由を築いてゆく職責“
とまでは言わずとも
生き方に命題を宿して
自分だけの人生の経営をより嗜むのである🍀

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