【零を感じてみる。地力と無力を覚えながら進む個人経営】
零という漢字
現代では0=ゼロ
または漢字で零と書いても=ゼロと読む
ことが大方かもしれない。
実際の第二次世界大戦中を知らないけれど
大日本帝国軍の戦闘航空機である
零戦もレイセンよりゼロセンとして
聞き馴染みがある。
そんな零(レイ)とは
中国漢字から由来する…
雨(水滴)が降る、落ちる、わずか、から
などの意味合いと英語のZeroが合わさり
現代のイメージとなっている。
そんな本日は【零を感じてみる〜】と題して
自分の地力の量や無力さについて
考えてゆく記事である✍️
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自分には何があるのだろう?
ふと考えたとき
①積み重ねてきた経験や努力、自負もあれば
②これといって誇れる自信がない
ということもある。
では、どちらが良いのか?と問われれば
①前者のように思えつつも②後者だって
可能性を多分に秘めていると見える👀
①が過信や意固地に繋がる恐れもあるし
②は向上心や成長を妨げる恐れもある
つまり、どちらも良くてどちらも危うい
だからこそ
〈初心忘れるべからず〉的な意味でも
零を感じてみたいと
《キシミール》は、考えた次第だ。
何があるかより、どう振舞うのか?
当店は『横浜駅』にて
創業40年目の小さな個人経営店
ファッションヘルス
《キシミール》です🧺
確かに短くはない年月を営んできたし
①築かれてきたこともある
かといって、そんなモノは
ある種、一瞬のイメージに過ぎない。
例えば、怠惰や横柄な態度を取っていれば
積み上げてきたことなど直ぐに塗り替わる
仮に②未熟さを痛感していても
己の振舞いにさえ気を配り
何事へも試みる日々であれば
人より成長が鈍くとも、我が道は拓く🛣️
自分に何があるか?何が遺せるか?
現時点での結果も気にはなるが
日常をどう振舞い、未来への成果を
育めるか?こそ大切に想える。
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零が教えてくれること
《キシミール》の私感だが
年齢でいうならば10、20、30〜と
0が付く度に零になる🌌
雨(水滴)が降る、落ちる、わずか、から
そう、リスタートと捉えるも良し
自身を見直すも良し
もしくは年齢に限らずとも
零を感じてみる=自身を空っぽにしてみる
のも善きように想える。
《キシミール》個人は
学がないくせに頭でっかち(考え過ぎ)に
よく陥る。。笑
私にとって零になるのは
凄く恐怖心があり、勇気が必要だ。
何故なら①積み上げてきたことが
無駄になる気がしてしまうから😥
それでも、心や精神の成長は終わらない
②未熟でも、常に一瞬一瞬の振舞いを
大切してさえゆければ🏯
さいごに
もしも私の命が果てた時に
幾ばくかの財産を遺せたとする💰
《キシミール》は、その額や量よりも
いかにして、この財産を築けたか?によって
己の真価を見たいと想う❤️🔥
それを世間では功績と呼ぶかもしれない。
功績が零などと言えば
まるで何も遺せなかったように映る。
けれど《キシミール》なら
零の功績とは
雨(水滴)が降る、落ちる、わずか、から
そう、恵みの雨を降らせ
落ちてゆき、僅かになり、空になる☔️
最後は何もなくなったように見えても
誰かの、何かの養分になる🍅🥒🥬
そういう“生き様“だろうと覚える。
現在の自分に
①積み重ねてきた経験や努力、自負があれば
それを誰かや何かにお裾分けしたり
何かへの養分として注げるのも有り難く
②これといって誇れる自信がないことも
ため込まず誰かや何かへ養分をお裾分けしていて
謙虚に慎ましくしているアナタも有り難い
零の自分とは、どんな自分だろう?
♤零の自分でも、在る自分
♤零の自分から、成る自分
潔く、分相応に生きて
やがて訪れる成果を愉しみに
人生の経営を嗜み続けるのだ🎴
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