【謙遜や自分を評するならダメ人間、クズ、じゃなくて未熟と言おう!】
ハードルを下げたい気持ち
前向き、ポジティブ
向上心、志高く、いたいはものの
どうしても自信がなかったり
あとの失敗などを想像して
ハードルを下げてしまいたくなる時。。
ありますよね😓
それにいつの世代からか
「真面目はバカを見る」のような風潮
上の年代によっては
「舐められたくない」
悔しさをバネに
「なにくそ!」と奮起することと
“プライドが高い“ことを混同して
優劣、上下関係
虚勢を張ることで他を威嚇する人も居たり…
そんな反動もあってか
若い世代ほど“ハードルを下げたがる“
謙遜を含めて“不真面目に振る舞う“
世相な気がします、。
そんな時、自分を“卑下する言葉“は
やはり使わない方が良いと想う。
何故なら
それが自分の可能性を閉じ込める
枷となり得るから😢
若い世代の価値観
例えば
瑛太さんの「香水」という曲の中でも
“クズになった僕を〜“
というフレーズがあったり
他にも現代的な言い回し
▷パリピ
▷酒クズ
▷ふっ軽
▷チャラい
▷楽しんだもん勝ち
などの言葉の中にも
良く言えば〜
「自分の好きな道を進む」
悪く言えば〜
「テキトーな人間なので期待しないでください」
というニュアンスを感じます。。
言葉遊びとか、表現自体は
若者の生み出すカルチャーで面白いし
大歓迎ではありますが
ここで想うのは
“他人からの余計な責任や期待は負わなくて良いけど、自分の未来に対しては期待を著していって欲しい“てな気持ちです☺︎
クズやダメ人間で居るのは楽
正直この記事を書く
《キシミール》も
『横浜駅』で38年
お店を営んできたとはいえ
だらしない時期も長いし
適当に楽して体たらくできたので
他人に何かを言えた立場にない。
だからこそ
自分には言ってやりたい。
『頑張らなくて良いから顔晴れよ❗️』
だって
クズで居たりダメ人間で居るのは
「その時」気楽でも
あとで
◆何もできない
◆何をして良いか分からない
◆何かやりたいのに
どうして良いかさえ分からない
だから、「もういいや」だとか
–何が何だか分からないけど–
▶︎あれも不公平に感じる
▶︎あの人は嫌な感じがする
▶︎自分のことも好きになれない
そんな風になり兼ねず
《キシミール》だったら
そんな自分では在りたくない。
じゃあどうやって謙遜をするのか?
では“強気に自信満々にいろ!“
というのか?といえば
そんな虚勢や無理をする「頑張る」は
しなくても良い気がする。
その代わりに
僕は、俺は、私は【未熟】です🍒
と言い表せば良くないでしょうか🤔?
つまり
我々はまだこれから熟してゆきます
熟されていくには
◇水分
◇陽の光
他にも栄養、人の手が必要かもしれない
時間を要するかもしれない
とにかく周りの環境や皆さま
そして自分が『成長していく』という
体勢があって花や実をつけられる💐
さいごに
たぶん、今の時代
自分を下げるだけでなく
関わる相手も意識高くない人
恋人や伴侶、パートナーでも
「良いことも悪いことも半分こ
互いを補い合える関係」を
求めているのかもしれません。
けれど本当は
『相手も自分も魅力を惹き出し合える関係』
こそが本心が必要とする理想なのだと
《キシミール》的には想います💫
仮にアナタの今が
自分的にダメ人間、グズであっても
【未熟】であるからなのだと
認識する、置き換えれば…
▷パリピ
▷酒クズ
▷ふっ軽
▷チャラい
▷楽しんだもん勝ち
も成熟へ向かう肥やしにするだろうし
周りの人たちだって
日々を育みながら
生きているのだと分かれば
邪魔をしたり、迷惑になることは避けて
想い遣り、労わり合い、慮る
そんな振る舞いを
ひとりひとりが出来てゆくのではないか?
創業38年目でも未だ未だ【未熟】な
《キシミール》は
そう考えながら
今日も『横浜駅』という
ご縁で繋がる皆さんと
切磋琢磨、食物連鎖、光合成
共存共栄で
日常を充実させてゆきたいのです🍀

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