【地域で共に育つという風俗を“寛学”と名付けた授業参観|不器用な女性と、寛容な貴方へ】

「最近の女の子って、ちょっとだらしないんじゃない?」⸻
そんな声を耳にすることがある。
特に「接客業」において、“行き届いていない”と感じてしまうような部分。
・ 気が回らなかったり
・ ちょっと素っ気なかったり
・ 言葉遣いが正しくなかったり
でも、それらを“だらしない”と一蹴するだけで本当に良いのだろうか?⸻
当店は『横浜駅』にて
創業40年の小さな個人経営店
ファッションヘルス《キシミール》です🧺
うちのお店にも、そうしたご意見が届くことがあります。
その際、私の目には、彼女たちのことが“だらしない”の前に『未成熟』なのだと映っています。
と同時に、私自身だって人格としても、社会人としても、常々に“未熟”なのだと言い聞かせている。。
彼女たちは、決して投げやりに生きているわけではないし、むしろ『自分なりに一生懸命な分』、そして“不器用がゆえに“
▶︎ 他人との距離感がうまくつかめなかったり
▶︎ 誰かに甘える方法を知らなかったり
“自分らしさ”を素直に表せない、となってしまう女の子が多いのだと、見守っています。
そんな“まっすぐさの途上”にある彼女たちの姿に、私は事あるごとに、教わるばかりだ。⸻
というわけで本日は、当ブログのオリジナル教師キャラクター『ジピエゴ先生』 にも協力を得ながら、学んでゆく記事なのでー📝
先生、続きよろしくね!!

ジピエゴ先生🧑🏫:
よし、今日も複雑で分かり難い「人の気持ち」「人情」「寛容さ」について共に学んでゆこう!
では、早速黒板に注目されたし↓↓
黒板メモ✍️:
“不器用な人を見てイライラするのは、自分も昔そうだった面影。”
さて今記事の『寛学』の入門授業は、“ああ、自分もあんな時あったなぁ”って気づくところから始まるのだ。
では、少しずつ己を見つめ直し、彼女らの心の機微を観察してみよう🔍
ビジネスコラム | 創業40年目|『横浜駅』の裏事情・情報ブログ|個人店【キシミール】
実際に《キシミール》へ届いた、ご意見やご感想を例にしてあげると
「女の子がぎこちなかった」
「自然体過ぎて色気が萎えた」
「私物(洋服)の扱いが雑で悔しい」などなど。
こうした声をいただくとき、私は皆さんの“真摯な語り口“、“物腰柔らかく伝えよう“としてくださっている点に、心底に尊敬の念を覚える。
ご不快な想いをさせてしまったこと、誠に申し訳ございません。。。
これはサービス業や仕事という前に、人としての規範と照らして、先ずは自戒と反省に努めなければなりません。
それに、私はこうも想わされる。
「店へと配慮もしながら伝えてくださる心意気が、地域や社会を共に営む“相互の関わり”なんだ」と。
匿名の掲示板に一方的に書き付けるのではなく、わざわざ言葉を届けてくれる。
それも、腹のうちを抑え、穏やかな面持ちで
“この場所(事業)をもっと良くしてほしい”という、期待として投げかけてくれる言葉だから。
この日陰な業界に迷い込んでしまった彼女たちが、世間の基準からすると完璧じゃないのは事実かもしれません。
それに私たちこの業態で業務委託契約を結ぶ、店側こそ不完全であり、まだまだ世の中から勉強させてもらうばかりです。
でも、お客さんから声が届いた時に私は、お客さんと一緒に女の子たちの成長を見守れる「共育の関係」が生まれていることに
いつも歓びと感謝をいただいております。
本心より、ありがとうございます☺️
⸻
ジピエゴ先生の黒板メモ:✍️
“善導の裏には、信頼がある。”
伝えてくれたってことは、心のどこかで“相手に育ってほしい”って親身に想ってるってことなんだ。先生も、それだけで感激を禁じ得ない🥺
世の中には、
「金を払ってるんだから、完璧な接客をしろ」
「プロなんだから当然だろ」
という声も少なくはない。
たしかに、業務である以上、一理もある。
けども私は、《キシミール》という事業について、経営理念としてこう考えています💭
「自他が“完璧”でないことを知り、だからこそ労わり合い、励まし合い、応援し合う気概を想い起こす」
そういう“場での体験“を、各々がお店を出て帰る日常にて活かしてもらえたら、と。
男女どちらにも言えることですが、
たとえば、笑顔が少ない。
でもそれは、無愛想なんじゃなくて、緊張しているのかもしれない。
反応が遅い。それは、まだ人との距離感が怖いだけかもしれない。
“足りない”とされるものには、いつも**「理由」があって、背景がある。**
それを知らずに「足りてない」とだけ裁いてしまうと、人は萎縮して、学ぶ余地も閉ざしてしまう、、。
私は《キシミール》を、そういう**「ジャッジする場」ではなく、関わることで“育ち合える場”**にしたい。
経営者も、働く女の子たちも、もしかしたらうちのお店に来てくれる若い男性たちも、発展途上といえるかもしれない。
日頃立派につとめるお客さん、貴方もきっと毎日いろんな迷いや葛藤を抱えている。
そんな皆が、時に教え、時に教わりながら、
社会の中で“共に育っていく”。
それが、私が掲げる「個人店の在り方」であり、「地域のお店」であり、本来の“社会事業の根本“なのでは?という想いを抱いています💫
⸻
ジピエゴ先生の黒板メモ:✍️
“足りないを見つけるのは簡単。しかし、育てようとするのが『大人の成熟』”
相手を批評するのは一瞬、でも関わるには“度量”が必要なんだよ。未熟さこそ、共育の入口だろう🚪
風俗店は、どうしても“性サービス”というイメージだけが先行される。
確かにそれが事業内容なのだから当たり前だ。
けれど、お店で過ごす時間が、それだけではないことを、理解してくださっている方々もたくさんいる。
また私にとってこの店《キシミール》は、もっと別の顔も宿している。
ここは、「寛容を学ぶための教室」でもある。
私は、そう志しています🗻
人は誰しも、不器用な時期を通ります。
迷いながら、ぶつかりながら、少しずつ人との関わり方を覚えていく。
風俗という仕事を選んだ彼女たちもまた、
過去に傷を負ったり、境涯や社会に翻弄されながら、それでも「必死に人生を生き抜こう」と葛藤を抱えて働いている。
そしてお客さんたちも、日々の仕事に疲れたり、心がささくれたり、どこか自分のなかですり減りそうな“優しさや想い遣り“を思い出したくて、ここ《キシミール》へ来てくれる。
そう想うと、この場所は――
**“人生の保健室”であり、“社会の二部学校”**のような存在なんじゃないかと感じるんです。
だから私は、そんな縁で交わる“関わり”すべてを、「寛学(かんがく)」という学びとして捉えたい。
それは、技術でも知識でもなく、
**“心が寛くなるための学び”**との意味を植え込み、名付けました🌱
⸻
ジピエゴ先生の黒板メモ:✍️
“寛学とは、心を広げるための体育と道徳と家庭科。”
勉強よりも、“気づき”が通知表に載る教室だよ。あと、“にっこりマーク”が採点な💮
風俗業界では、働いていた女の子が辞めていくとき、「卒業」という言葉を用いたりします🌸
一般的な辞める理由は、人それぞれ。
負担に見合う稼ぎを得られない子、体力的にしんどくなった子、自分に自信が持てなくなってしまった子、、。
だからこそ《キシミール》では、
新しい道を見つけて、大切なモノを見つけて、「卒業」を周りから祝福されて
陽のさす社会へ羽ばたいていってもらえるように、共に育つ=共育の時間を過ごして、“巣立てる店作り“に試行錯誤をしています🪶
それを叶えるには
この仕事は、「人情」をお裾分けし合っているのだと
どんなふうに出会い、どんなふうに人に触れ、どんな言葉をもらい、どんな憂いが癒えていったか。
そのすべてが、彼女たちの「人柄の一色」として彩りとなるように💐
だから私は、彼女たちへこう伝えたい。
「《キシミール》を選んでくれて、ありがとう。貴女と過ごせた経験は、私にとって寛容さ、素直さ、素朴さという“初心たる学び“をもらえた、人生への大きな贈り物だったよ。」
そしてこれは、女の子たちとだけの話じゃない。
お客さんにとってもまた、《キシミール》を活用した時間が、何かの“節目”になることがあると想うんです。
たとえば、人への接し方が少し変わった。
想い遣りの気持ちが強くなった。
誰かの弱さに寄り添えるようになった――。
そんな変化を感じたとき、貴方もまた、
“寛学”の科目をひとつ“卒業”したのかもしれません🌷
⸻
ジピエゴ先生の黒板メモ:✍️
“卒業ってね、「できた」じゃなくて「出発できるようになった」ってこと。”
通知表より、“あの子と学べた”って記憶が、いちばんの成績=実績なんだよ⭐️
女性求人への取組み | 創業40年目|『横浜駅』の裏事情・情報ブログ|個人店【キシミール】
学校では「国語」「算数」「理科」「社会」といった教科があるけれど、
人生において一番むずかしいのは、たぶん**「心の教科」**じゃないかと痛感する。、、。
🔹優しさを持ちたいのに、イライラしてしまう
🔹わかってあげたいのに、なぜか見下してしまう
🔹言葉にしたいのに、うまく伝えられない――
そんな苦悩を抱えながら生きているのが、真面目な人間なのだろう。
だからこそ私は、自分の仕事=生業での出来事すべてを、
「心が寛くなるための学び」として己の精神を養いたい。
ここで大事なのは、“正解を出すこと”じゃない。
むしろ、“どうしてそう感じたのか”“なぜ相手はそうだったのか”と、
慮りの視点で考える時間こそが、寛学の授業なのだと自分へと課している。
⸻
例えば──
❤︎ ぎこちなかった女の子が、一所懸命な気持ちをあらわしてくれたとき
❤︎ 自然体過ぎた女の子が、女性としての品を身につけていったとき
❤︎ 相手の気持ちを思ひ量るのが苦手だった女の子が、周りから教わりながら、心遣いを覚えてゆくとき
そんな“小さな変化”を見守りながら、
どんな出来事も「育ち合いの時間だったなぁ」と、それぞれが感じられたなら、
私たちは、“寛学の受講生”であり“同窓生“なんだと想います🏫
⸻
ジピエゴ先生の黒板メモ:✍️
“減点や得点じゃなくて、成長線で見る。”
寛学には赤点も満点もないけど、“あ、俺ちょっと寛くなったかも”って思えた瞬間が、スーパーゴールなんだよ🥅
私たちの店《キシミール》は、
完璧なサービスや、マニュアルに沿った振る舞いを追求する場にはしたくありません😥
もちろん、商売として、人としての円熟は全うします。
そのうえで大切にすべきと考えるのは
“事業を通じて関わるすべての人が、育ち合える空間であること”。
この業界に迷い込んだ女の子たちが、少しずつ社会の中で自信を取り戻す。
私たち経営者も、お客さんの言葉、女の子たちの直向きさから学び、成長する姿をもって成果を示してゆく。
そして、お客さん自身も、誰かと関わる中で、寛容になる自分と出会っていってもらえたら。
そのひとつのカタチが、
生活の中に“小さな優しさ”を注いでゆく成熟。ではないかと、私は生涯を懸けて実らせています。
もっと儲かる店は、たくさんある。
もっと効率的な仕組みも、いくらでもある。
だけど、それだけでは心は満たされない。
どんくさい私だけども、
「心を耕す人生」は、信念を絶やさずに続けていきたい。
貴方が《キシミール》で、誰かに優しくできたこと。
誰かの不器用さに、ちょっとだけ寛容になれたこと。
そのすべてが、この街『横浜駅』や、誰かの明日を、ほんの少しずつ変える、照らす。
寛くなる貴方が、未来にぬくもりと鮮やかさを添えてゆく。
それが、“寛学の道を歩む者の卒業証書“に成るのだと、私は想っています🍀
⸻

ジピエゴ先生の黒板メモ:✍️
“寛大はひとりにして成らず。”
うおおお、寛学という魂に触れた貴方は、もう誰かの“教科書”となれるのだろうな😭
未来のどこかで、“あの人みたいになりたい”と慕われ、感謝される、人となり。
失敗や過ちは、誰にでもある。
グッと堪えて咎めない者も立派だし、心落ち着けて冷静に諭す貴方にも敬意を表する🎩
今、社会では、昔のように、周りの大人たちが、私たち一人ひとりのお手本や教師たる自覚、振る舞いを忘れているように感ずる。
もちろん偉ぶったり、「教えてやる」などは甚だ勘違いのないように心得たいが、
諭す側も諌めてもえれる側も、それは『相互に教えられ学んでいる』との誠心があってこそ育まれる。
そうして声を掛け、向き合うことは、なんと有り難いことなのかと、改めて人生の歓び、豊かさを実感できる。
あくまでもこれは《キシミール》の経営観だ。
活かすかどうかも、選択するかどうかも、全く持って構わない。
貴方は好きなお店を選び、好きなサービスを利用し、好きな価値観で生きるべきだ。
もしも、何処かで共感や共鳴する事業と出会えたのなら、そこから貴方の人生に学び入れ、応援してあげて欲しい。
なぜなら応援とは、巡り巡って訪れるモノだからだ🎁
人間としても、社会として、機が熟したとき、この時代を共に生きる同志、同窓生として、お互いの熟成を讃え合おう🤝

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