【チャラいよりは、ペラい道を選ぶ?自分なりの人格育て術】
テキトーな人、チャラい人
暗くなりがちな
ご時世や社会にあって
周りにとらわれず気楽げに生きる
そんな人たちへ対して
時に憧れのような眼差しを向けたりする👀
例えば
・他所さんには迷惑をかけないだとか
・自分なりの核や芯以外には用力を割かない
または
・風貌、服装に独自の傾向/スタイルを持っている
その様な人は
▶︎テキトーな人
▶︎チャラい人
に、映っていたとしても
学ぶべき面が多分にある✨
しかし
表面的というか、内面的、人間性として
開き直りや嘲けり、無粋、無鉄砲な意味で
▶︎テキトーな人
▶︎チャラい人
であったり、それを演じているのならば
むしろ《キシミール》は
ペラい人でありたいと考えさせられる。
本日は、それは何故か?を書き綴ります📝
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ペラい人とは?
▷薄っぺらい人
▷薄っぺらい人生
この語感からは
ネガティブな印象を覚えるのではないか?
だったら
▶︎テキトーに、チャラく生きて
「楽しんだもん勝ち」のように
日々を過ごす方が得に決まっている。
はたしてそうだろうか?
《キシミール》は想う。
精神的に
▶︎テキトーで、チャラく接するのは
「厚かましい」ではないのか?
いわゆる厚顔無恥になりかねない。
しかし他人から
▷薄っぺらい人、人生
と、揶揄されても
“真剣に生きている“のならば
例え今の自分が
1ミクロンの力しかなくとも
それを折り目正しく、積み重ねた先には
その厚みは、奥行き、深みとなり
奥深さは、やがて重みとなるのではないか🪨
積み重ねであらわれる結果と成果
つまりは
精神的に思慮や自分の研磨を
ないがしろにした場合
▶︎テキトー/チャラく
人や物事と関わるほどに
その厚さは軽く、空洞の多い「結果」に
陥ってしまうように想える。。
一方で
▷ペラいというのは
現時点での評価でしかない📈
♠︎自分で自己評価を付け
♠︎他人に見比べられ、見下され、見放され
自身を
▷薄っぺらい人
▷薄っぺらい人生 だと終結させず
未熟でも、未熟だからこそ
これからを愚直に築く道にこそ
私たちが本当に見たい
☆そう在りたい
☆そう成りたい
[成果]へと、導いてくれる🛣️
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そう見ている人、そう魅せる人
容姿、服装が
▶︎チャラく映る人でも
所作、振舞い、言動の中の熱意に
その人なりの
信念や志しが宿っているのなら
♧魅せる人だと感じる
逆に他人の熱意を、本人の顔晴りを
軽薄に表したり、評価したり、点数を付けるのなら
♣︎見ている人(傍観者)に
なってしまっていないか?
《キシミール》は、魅了をされたい。
世の中の成果をあげた人にもだけど
今は燻りながらも
地道に自らを活かしきろうと
試行錯誤しながら人生を切り拓かんとする
アナタや自分に、魅了をされたい。
さいごに
「精神論は、時代錯誤だ!」
そうなのだ。
上から、下から、横から、
押し付け、強要する
「精神論は、時代錯誤」だ。
精神性は、自分で築くモノであり
探究、カスタムメイドすることにこそ
進化があるハズだ。
〈日本人たる者、こう或るべきだ!〉
それが強大なエネルギーを生み出したことは
近代の歴史を観て、まざまざと思わされる。
その歴史の負の面ばかりに
目隠しをされていないだろうか?
いま一度、ふと考える
自発的に
〈日本人として、こう在り、こう成りたい〉
もちろん、国籍や種族的な括りでなく
いち『人物として』でも構わない。
自分の精神がどこへと向かい
自分の精神は何から助力や心強さを受けているのだろう?
郷、文化、血脈、家族、友人、趣味、仕事
創作物や想像力に
活力を得ても良い。
精神面で
▶︎テキトーで、チャラいのは
ある意味、その場を取り繕える
達者で器用な能力の持ち主かもしれない。
であるなら尚のこと
その能力を魅力へと注いで欲しい🫗
自分のことを
▷薄っぺらく思う人は
臨機応変、即興の上手な
達者で器用な能力にばかり着目せず
アナタの、私の
ひと言、ひとつひとつの振舞いに
重み…落ち着き、威厳、貫禄
が、備わってゆく未来に魅了されよう🫣
▶︎テキトーでチャラい生き方が
ポストイットのように
色鮮やかでその瞬間の記憶に残るとしても
▷今は未成熟でペラい生き方は
のちに一冊の本のように
取っ付きづらくとも必要とする人の
心に語りかける、生涯の教材として遺る📙
せめて
▶︎テキトー/チャラく映るのなら
その色味をファッションのように
流行り廃りで使い捨てぬように
色褪せぬ自身のスタイルとして
私たちの人生の本に付箋を添えよう🍀
さぁ、今日だって
ペラペラとめくる一生のうちの1ページ📄
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